生成AIの時代にも、ハードウェア開発は“ハード”なまま

注目されたrabbitとHumaneのAIガジェットに、多くのレビュワーが厳しい評価を下している(『WIRED』も例外ではない)。生成AIが全盛となっても、ハードウェア開発で大手テック企業と対等に渡りあうのが難しいという現実は変わらない。
生成AIの時代にも、ハードウェア開発は“ハード”なまま
Photograph: Bloomberg/Getty Images

AIハードウェアを扱うスタートアップの先行きは、明るいとは言いがたい。

長年の開発期間を経て、スタートアップのHumaneは4月初旬、AIに大きく依存する699ドル(約11万円)のウェアラブルデバイス「Ai Pin」を発表した。このデバイスの売りは、必要なアプリを探してあれこれ操作する必要がない、という点だ。Ai Pinは「瞬時に最適なAIを探しだし」て、音楽をかけたり、言葉を翻訳したり、さらには手のひらに乗せたアーモンドに含まれるタンパク質の量を教えてくれたりする。Ai Pinには従来のデバイスのようなディスプレイがないため、スマートフォン画面の虜という現代病から人類を解放するささやかな解決策になる。スマートフォンの時代はもう終わり、というのがHumaneの主張だった。

生成AI搭載の新ハードウェアに対する落胆

しかし、Ai Pinの評価は散々だった。『WIRED』のレビューでは機能の少なさや回答の精度の低さが指摘された。人気のユーチューバー、マルケス・ブラウンリーにいたっては、デザインはいいが、性能については「現時点で、これまでにレビューした製品のなかで最悪」とまで言っている。Humaneはその後、「スマートフォンの代わりになる」という謳い文句をトーンダウンした。Humaneの共同設立者で最高経営責任者(CEO)のベサニー・ボンジョルノは、不満を訴える顧客やガジェットオタクに対し、旧Twitter上で丁寧な対応を続けていて、謝罪とともに、今後さまざまな改良を行なうという確約を表明し、さらにAi Pinの新たなユーザーインターフェイスのビデオデモが発表された。このインターフェイスは、スクリーンの代わりに手のひらにレーザー画像を照射するものだ。

HumaneはAi Pin発表時の興奮をつなぎとめるのに失敗したようだが、同じ轍を踏んだガジェットはほかにもある。値段的に200ドル(約30,000円)とかなり安い設定のrabbit r1も生成AIを使った「ポケット・コンパニオン」として売りだされ、発売当初は大きな興奮を巻きおこしたが、「期待はずれ」「中途半端」「準備不足」「使えない」などと悪評のオンパレードだ。『WIRED』のレビューの評価もよくなかったが、Uberなどの外部アプリへのログイン対応がまずいなどの指摘も相次いでいる。

こういった新規ハードウェア導入時の失敗は、いまに始まったことではない。過去にいくつものスタートアップが大風呂敷を拡げるマーケティングを展開し、その挙句なんともパッとしない製品を世に送り出してきた。大手テック企業のエコシステム支配が世界の隅々まで行きわたる時代に、ハードウェアで勝負を挑むのは特に難しい。ソフトウェア開発者のベン・サンドフスキーは、Humaneの共同設立者たちの「アップル風」にこだわる姿勢(つまり、孤絶した秘密の空間で開発を行なうやりかた)に問題の一端があるのでは、と指摘する。Humaneは大手テック企業と同じようなやりかたで、何年もの時間を使い、たったひとつの製品に磨きをかけてきたが、何十億ドルもの資金をもつ巨大企業とは違って、同社にはベンチャー投資資金で得た2億3,000万ドルしか元手がなかったのだ、とサンドフスキーはブログに書いている

それだけでなく、Humaneもrabbitも、もうひとつ同じ判断ミスを犯しているようだ。両社ともChatGPTの登場が巻き起こしたAI旋風に便乗し、人々がスマートフォンとともに眠る墓場から新規顧客を掴んで引っぱりだそうとした。しかし、AI旋風の恩恵を受けていたはずの試みは、「機能不全」という障壁に真っ正面から突っ込んでしまった。結局、生成AIはハードウェアの使い勝手向上には、役立ってくれないことがわかったのだ。

ビッグテックの大きすぎる存在感

「真にすばらしく革新的なAIデバイスをつくりだすためには、優秀なハードウェアとソフトウェアの両方を開発しなければなりません。これらスタートアップの問題は、開発したソフトウェアの層が本当に薄っぺらということです」と、アルファベット傘下のベンチャーキャビタル(VC)企業GVのパートナー、M・G・シーグラーは言う。

シーグラーによると、大手テック企業にとっての有利な状況は増すばかりだという。大手は経済基盤を駆使して既存製品の新バージョンをつくればよく、多少の資金を失ったところで痛くも痒くもない。スタートアップはいちからあらたなAI製品を組みたてなければならないが、メタ・プラットフォームズ、グーグル、マイクロソフトやアップルは現存のチームとサービスを流用して、AIアシスタントを組みこんだ常時装着可能なAIサングラスをつくる。そして、専用の生成AIサーチエンジンつきスマートフォンを量産し、PCにAI専用キーをつけ、タブレット端末に「超強力」なAIチップを搭載するのだ。

「ハードウェア市場においては、大手テック企業の持ち弾が5発あるとしたら、スタートアップには1発しかありません」と、VCのGreylockの投資家のひとりで、Snapで数年にわたり製品開発を手がけてきたジェイコブ・アンドリューは言う。「大金をかけた失敗作を世に出したあと、こういった比較的小さい企業が将来の資金調達ラウンドで成功を収める確率は、あまり高いとは言えないでしょうね」

Humaneのボンジョルノは最近の声明で、「第一世代の製品をつくりだすのは、常に大きな挑戦です」と認めつつ、同社がAi Pinに「安定をもたらすアップデート」を加え、改良を進めたことを報告した。「Ai Pinと、AI用OS“CosmOS”はアンビエントコンピューティングの始まりを告げるものですが、わたしたちはこの分野の先に続く長い道のりのほんの一歩を踏みだしたに過ぎません」とボンジョルノは言う。また、rabbitの創業者兼CEOのジェシー・リュイは声明でこう語っている。「当社は、非常に活発なコミュニティからのフィードバックに耳を傾けつつ、製品の改良のため、絶えず迅速に取り組んでいます」。rabbitは最初のr1ユーザーが製品を手にしてから、すでに3回のソフトウェアアップデートを行なっているという。

新種のAIを新たなハードウェアに搭載して世に送り出そうとしているスタートアップは、Humaneとrabbitにとどまらない。Limitless(以前はRewindと呼ばれていた)は最近、「音声録音をテキストに変換する記憶アシスタント」だという、クリップ付きペンダント型デバイスを発表した。アルファベット傘下のムーンショット・ラボ「X」が生みだしたスタートアップIyoからは、「すべて声でコントロールでき、セラピスト兼コーチ兼チューターの役割を果たしてくれる」というインテリジェント・イヤーディスクが、今年後半に販売開始される予定だ。そしてTerraというAIコンパスは、グーグルとChatGPTのAPIを使って、ウォーキングやハイキングの際にユーザーを導く。デザインはオープンソースで入手でき、誰もが自分だけのデバイスをつくれるようになっているという。

こういったスタートアップのほとんどは、AIを用いてユーザーにスクリーンにとらわれないタイプのアクセスを提供し、ユーザーが膨大な量のモバイルアプリを開かなくても情報伝達ができるよう工夫している。なかには、アクセスフリーでオープンソースのAIモデルが今後さらなる進化をとげ、パワフルかつカスタマイズしやすく、デバイス上で使えるようになる状況が一般化すると断言する人たちや、テクノロジーが進歩するにつれてAIクラウドサービスの速度は上がり、ライセンス料金は下がると考える人たちもいる。

だが、たとえどこかのAIハードウェアのスタートアップが問題をすべて解決し、実際に運用可能な製品を開発したとしても、消費者とテクノロジーとの関係をほぼ牛耳っている巨大企業と競合しなければならないし、その一方でユーザーに新たなガジェットのインターフェイスを受け入れてもらわなければならない。

新しいAIガジェットIyo Oneのクリエイターであるジェイソン・ルゴーロは最近のインタビューで、グーグルとアップルが現在のモバイルプラットフォームでいまだにどれほど恐ろしく強大な力を誇っているか、という事実を指摘している。「こうした企業は自社のグラフィカルユーザーインターフェース(GUI)をベースに、すべてのシステムを築いています。ですからあらゆるアクセスが、そのインターフェイスを優先するのです」とルゴーロは『WIRED』に語る。「一方のわたしたちは、会話を最優先のアクセス方法として採用する新しいアプリケーションモデルを考えています。ですから、わたしたちは物事を違うやり方で進める必要があるのです」

ルゴーロはまた、こういった新製品をマーケティングする際の謳い文句も近ごろは様変わりし、「生成AI」を強調するのがブームになっているという。「わたしたちはたくさんのテクノロジーを使っています。自然言語によるアクセスの中心には、大規模言語モデル(LLM)があり、そこに『生成AI』を使うことは考えられます。ですが聴覚補助アプリなら、『機械学習』を使ったほうが効果的です。最近よくある翻訳アプリなら、LLMを使うでしょうが」

2010年代と同じサイクルの繰り返し

マイクロソフトのGitHubのシニア・デベロッパー・アドボケイトのクリスティーナ・ウォレン(以前はテクノロジー・ジャーナリストだった)によると、AIガジェットの開発競争は2010年代の消費者向けウェアラブルガジェットやKickstarterによる資金調達ガジェット開発の時代を想起させるという。当時のガジェット開発に拍車をかけたのも、製造を容易にする新たなテクノロジーの誕生だった。

グーグルグラスPebbleウォッチOculus Rift、Ouyaのゲーム機などがありました。Instagramのフォトフレームもあって、わたしもひとつ持っていました」とウォレンは言う。「Kickstarterから登場したガジェットは、みんなインターネットミームになりました。そのほとんどは、失敗するのが目に見えていたのはご存知のとおりです」

当時のガジェットの多くはアンドロイドの上につくられ、Androidオープンソースプロジェクトの分岐バージョンを利用して、そのガジェット用のランチャーかユーザーインターフェイスをつくっていた。それは、現在のガジェットをつくるスタートアップが、ChatGPTのようなサービス用にAPIを使い、その上にガジェット用のソフトウェアを組み立てているのとほぼ同じだ。「Androidはおそらく、さまざまなデバイスが登場したあの時代において、テクノロジーとして最大の推進力でした。さらにキックスターターが経済的な推進力となって、ビジネスが立ち上げられていたのです」とウォレンは言う。

2010年代を生き延びた新規ガジェットのほとんどは、大手テック企業によって開発されたものか、あるいはそこに吸収されたかのどちらかだ。Pebbleはオープンソースのスマートウォッチという目のつけどころはすばらしかったが、そのテクノロジーはグーグルがFitbitを買収したことによって結局グーグルのものになった。VRヘッドセットメーカーのOculusはかなり早い時期に買収され、旧フェイスブックによるVR計画の土台となった。アマゾンはスマートスピーカーというカテゴリーをAlexaとともにつくりだし、アップルはツヤツヤ光るスマートウォッチの画像で世界を席巻した。

これらのビッグテック3社はその途上で、揃って時価総額1兆ドルを達成し、ハードウェア開発にますますのめりこみ、ついには自社でコンピューターチップをつくり出すまでになった。Humaneやrabbitのような新興企業が、たとえ自社製品を「生成AI」と呼ぶことで魔法を呼びさまそうとしたところで、大手の途方もない資金力を超えるほどの力はとても得られそうにない。

「超シンプルなガジェット」に勝機か

シーグラーによると、AIハードウェアのスタートアップがいますぐ成功を手に入れたいと思うなら、まず考えなければならないのはブランドイメージを高めること。そして、さらに重要なのは、「とにかく超シンプルなガジェットをつくること」だという。

「いきなり出てきて、このガジェットで世界をよりよいものにつくり変えます、なんて言いだすのは、あまりに仰々しすぎます」と彼は言う。「それに、いまやほとんどのことが、すでにスマートフォンでできるんです。ですから、できる限りシンプルなものを提供することを考えるべきです。例えばAIモデルひとつだけを使って、何かひとつの目的だけをこなせるウェアラブルデバイスとかね」

AIウェアラブルデバイスをつくりあげるのに必要な要素のいくつかは、今後さらに達成が簡単になっていくだろう。アンドリューの考えでは、AIハードウェアをつくるスタートアップのなかには、消費者ブランド用の製品をつくる無名の製造会社の製品を流用し、それに自社のスタンプを押したり、ソフトウェアで機能を拡張したりすることにより、自社で製品を製造するコストを浮かせようとするところも出てくるはずだと見ている。

「コストを低く抑えるには、会社のなかにハードウェアを管理する人間をひとりかふたり置いて、あとはほとんど外注してしまえばいいんです」と彼は言う。さらに、ハードウェアをつくるスタートアップは、収益を増やすためサブスクリプションモデルに向かうところが増えるだろう、とも予測する。すでにそういうかたちをとっているところもあり、例えばHumaneの月額サブスクリプション料金は24ドル(約3,800円)だ。もちろん、それが成功するには、製品自体が役に立つものでなければならない。

ウォレンは、より小規模のオープンソースAIモデルを活用できるなら、自社製品にAIを搭載するのに限られた資金しか使えないような新興企業にもチャンスがあるのではないかと考えている。つまり、デバイス上で直接走らせることができ、計算能力をさほど必要としないAIモデルを使うということだ。「ただ、やはり問題はどんなハードウェアをつくりたいか、ということになります」と彼女は言う。現時点では、ハードウェアメーカーのなかにも、その答えがよくわかっていないところがあるようだ。

(Originally published on wired.com, translated by Terumi Kato, LIBER, edited by Mamiko Nakano)

※『WIRED』によるガジェットの関連記事はこちら。人工知能(AI)の関連記事はこちら。


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